ワオン物語3

ワオンの活動を開始した2007年からを設立者の田中が語ります

Tanaka of the founder speaks from 2007 when the Waon Project started its work 

5、おわりに
 活動10年の内、前半5年間を『若手アーティスト、クリエイターのインキュベーション』団体として直接的に表現者を応援し、後半5年間を『文化のセーフティネットを創る』団体として、間接的に文化芸術の裾野を広げる活動を自主的に有志で行ってきて合計10年の活動を簡単であるが、ここまで報告させていただいた。僕としては団体の事業が運営に関わっている様々なメンバーそれぞれの『日常生活の延長』として自覚的、自然に。そしてバランス良く行うように変遷し包括して着地してきている。とあらためて感じたが、ただそれは、単純に閉鎖的なニュアンス、そして『最終的な意味』では勿論ない。
 
 むしろ銀行員である僕、他の運営メンバーが日々、それぞれの専門分野を越境し、文化芸術に関しては『素人』として、感じた『シンプルな問題意識』に“素人感覚でおかしいと感じる時、それは大抵の場合、確実に何かがおかしいのだ”と信じて、実践を通して向き合ってきた過程における『現時点での一つの帰結』にしか過ぎないと、大阪、淀屋橋にある芝川ビルモダンテラスを会場に2017年3月に活動10周年を記念したイベントを無事に終えて考えているからだ。

 そしてそれは同時に、フランスの哲学者、リオタールが1979年に提唱した所の『大きな物語の終焉』した現在という時代において、『何かの大きなミッションを達成する為にひたすらに活動を続けていく』考え方にも一定の敬意を払いつつ、ワオンプロジェクトという団体全体としては、むしろ活動という『小さな可能性の物語』を複数、実践し継続していく事で『新たに見えてくる可能性”』により価値を見出しているからでもある。別の哲学者であるカースの言葉を借りれば『有限のゲームは勝つ事が目的であり、無限のゲームは戦い続けるためにプレーする』そう言い換えても良いかもしれない。

 既に、より広範な課題に関わる新たな物語として、大阪初となる“はちみつとフリーペーパーのお店”『はっち』という『食と本』をコンセプトにした実験的な店舗運営が2016年から新しく始まっていたり

 働き方、生き方をパラレルキャリアを越えて新たに考えて更新していく『シナジーキャリア』という、100人以上が毎年訪れる年1回のシンポジウムを2012年から開催していたり。

 また孤独死、年金問題、介護などの福祉、死生観などの問題をあらためて考え、自立の道を探していくデスカフェ及び様々なプロジェクト『シングルスタイル』が2017年からスタートしていたり

  

 他にも着実に日本の文化として存在を確立しつつある、漫画やアニメ、ゲームといったサブカルチャー全般の発信を応援する『漫画サロン伍壱壱』が2016年からスペース運営、まちあるきといった形で始まっていたり。

 そんな僕らにとって、そして“誰かが必要とする”企画が日々、領域を軽々と越え自然発生的に枝分かれして広がる無数の『小さな可能性の物語』その生態系『小さなカルチャー』となりつつあるワオンプロジェクトの『これから』を個人としても楽しみつつ。

 結果、より多くの人が『人が人として自由である為に文化芸術が必要である』と10年前の2007年当時の僕の様に感じてくれたらと願い、最後に『僕ら』が大切にしている崩壊前のベルリンの壁に描かれていたとされる『名もなき誰かの言葉』を以下に紹介して、ひとまず筆を置き、また『新たなプロジェクト』の実践の準備に戻ろうと思う。

『たくさんの小さな場所で、たくさんの小さな人々が、たくさんの小さなことをすれば、世界を変えられる』

(そう『僕』と『僕ら』ワオンプロジェクトは本気で信じている)